LOGIN皇がゆったりと振り向いて、そこに居たのは。
「何か用か、我が妹よ」
そう、妹。この家の皇以外のきょうだいの中で一番年上の長女だった。
「自分から出ていくつもりなら好都合よ。この縁切り証書にサインして」
そう兄に対して上から目線で行ってくるのは遊城《ゆうき》 茜《あかね》。茜はふう、と息を吐きだして続きの言葉を口にする。
「本当なら今夜の発表会のあとに署名させる予定だったけど、面倒だから今ここで済ませましょう。……貴方も出ていくつもりらしいしね」
そう床に高そうなボールペンと質のいい紙が投げ捨てられる。
長女の瞳はもう皇に対してなんの感情も抱いていなくて。……強いて言うなら面倒くさい、だろうか。
(普通に渡してくれ)
皇はその長女の高慢な態度にうんざりとしてしまう。だが、そんなことを思いつつもスーツケースが剥奪される様子はなくてそのことに皇は胸を撫でおろした。
同時に、見ものだ、と言わんばかりに使用人たちが集まってきて。妹と弟も屋敷の2階の欄干に凭れ掛かって、悪意マシマシの笑みを浮かべながら皇と長女を……いや、皇だけを見ている。
「あら、ついに大旦那様……」
「もう大旦那様じゃないだろ」
「次期当主の茜様に失礼だろ?あれを大旦那様だなんて……」
「そうでしたね」
くすくす、くすくす、使用人たちの隠す理由もない悪意が皇に降り注ぐ。真っ当な神経をもつ人間だったらここで傷ついたり、恥をかかされた、と思うのだろうが……。
(とことんやるなぁ……)
それが皇の感想だった。しかも、使用人に対してではない、長女に対して、いや、遊城の家に対して、だ。
普通、親子の縁切り話なんて恥の付きまとう話だ。それを公表しようという神経をまず皇は疑う。
(しかも、証明書まで書かせるとはな……)
皇は用紙を緩慢な動作で拾い上げ、念のため、自身の不利になるようなことが書かれてないかを確認する。
そうして、10分ぐらいだろうか。内容は要約するとこんな感じだった。
「はー……つまり、今後俺は遊城を名乗ることは許されず、この家の敷居を跨ぐことも許されない。……え、日本の法律的に許されるの?苗字なしって」
「貴方が転がり込む先に後日書類を送るからそこで希望の名字を書いて役所に提出して頂戴。……どうせ、貴方の転がり込む先なんて一つしかないしね」
そう髪の毛を耳にかける長女。そして、長女は矢継ぎ早に告げるのだ。
「此処まで面倒を見たのだから———」
だが、最後まで言わせない。
「はいはい」
皇はため息交じりに言いながら、書類下部の空欄に走り書きで名前を書き込む。そして、それを妹がやってのけたように床にわざとらしく落とす。
「もう迷惑はかけません。今までお世話になりましたぁー」
咥え煙草が燃え尽きないうちに、ちゃっかり高そうなボールペンは手癖悪く盗んで。皇はスーツケースを持って雨の中へ消えていった。
---------------------------------------------------------------
———遊城家の廊下。
(悪趣味ね)
それはこの家の全てに言えた。この家の使用人、兄、姉、全てが皇が消えることを喜んでいた。
———いや、喜んでいただけならよかった。喜ぶどころではない、一種の見ものにしていた。それは同じ人間を、家族を見る目ではなく、見世物小屋の檻の中の展示品を見るような目で見ていて。
(……見世物小屋、行ったことないけど)
彼女、遊城《ゆうき》 悠理《ゆうり》は遠い玄関ホールで一番上の兄、皇が今まさに勘当されようとしているのを見ていた。
そこに特に感情はなかった。きょうだいとは言えど、悠理はその才能を買われた養子。「こういう遊びの才能も必要だろう」という遊城の家の当主の遊び心で取り入れられた遊城の血の異分子。……異分子という点では一番皇が気持ち的に近い兄だったのかもしれない。
そんな兄が追い出されようとしている。
(庇うべき……いや、そんなことないか)
この才能だけを見る箱庭は広いようで狭い。特になんの才能を持たなかった皇の居場所なんてないのは当然だっただろう。
そんな兄が外の世界へ羽ばたいていこうとしているのだ。
むしろ、それは喜ばしいことなのではないだろうか。
(私は、そんな皇兄さまの成功を祈るわ)
別に好感を持っていたわけではない。でも、ひとつだけ彼に関して覚えていることがある。
それはゲームの大会で帰りが遅くなって、夜勤の使用人を起こすのも申し訳なかった日。
その日、料理なんてしたことなかった悠理は台所で調理器具を目の前に立ち尽くしていた。そんな悠理にささやかだけど、とても暖かな炒飯を作ってくれたのが皇だった。
その時、皇が困ったように笑ったのを覚えてる。
〝俺が作ったのだから、不味かったら捨ててくれ〟
そう不器用に笑った皇。そんな皇の作る炒飯はブラックペッパーが鼻にガツンと抜けて、ニンニクがむわんと存在感を主張して、とてもジャンキーな味がした。
普段食べている繊細な味付けのご飯から遥かにかけ離れたものが出てきて、その刺激に驚きはした、だけど。
〝ありがとう、お兄さま〟
美味しい、とは言えなかったけど。その心遣いに報うのは当然じゃないだろうか。だって、しなくてもいい労力を彼は払ってくれたのだから。
そして、そう言った悠理に皇は心の奥底から嬉しそうに、ホッ、としたような笑みを浮かべたのを覚えている。
「無才のお兄さま、どうか貴方の旅路が幸多からんことを」
悠理は両の手を握りしめて祈る。
(あの日の暖かなお兄さまのことは忘れません)
---------------------------------------------------------------
———某県某市駅前。
あれから。皇は薊のアパートの最寄り駅についていた。が、薊曰く「肉の下処理が終わらねえ!」という文章と少しの謝罪、そして、薊宅までの地図が添付されたメッセージが届いた。
その、地図をリムレットのリアルタイムナビで見ながら、途中エキナカのコンビニで買った傘越しに激しい雨を感じること20分。
(うお、久しぶりだな……)
そこには、最近はあまり来ていなかった薊のアパートの外観、そして……。
「おおん、大馬鹿野郎」
皇は猛烈に他人のフリをしたくなりながら、ゆったりとアパートに近づいていく。そして、近づいていくと分かる。アパートの一室の目の前、髪をかきあげながらカッコつけた立ち姿の薊と視線があった。もちろん、咄嗟に目を逸らした。
「待ってたぜ、てめぇ」
「おう、肉の下処理はできたか?」
(ツッコまない。俺はツッコまないぞー)
断固としてそのいでたちにツッコまないことを決めながら、皇は問いかけた。
「完璧だ、流石俺。いやー、昔から料理はうめーんだよなァ!」
そこを認めてしまうのはなんとなく悔しい気がしてしまうが、それでも、……少なくとも薊がこうして自惚れる程度には薊の料理が上手いのは周知の事実だった。
「じゃあ、その肉どもに舌鼓を打ちますかー」
「おうよ!」
そうして、薊が皇の腕を引っ張るように取り部屋に導くのだった。その皇の様はまるで大型犬に引っ張られる飼い主のようだった。
あれから。世界は危機があったことも知らずに平和に日常を回し続ける。---------------------------------------------------------------紅華、悠理、瑠奈によって告発された秋峰。そして、余罪ありとして徹底的なガサ入れがオルドデウス社に入った。当然なのだが世界同士の繋がりが切れたのでAWMにログインはできなくなり、デメテールもただの鉄くずとなり果てた。だが、オルドデウス社の扱いは国も困ったものになったらしい。異世界の存在を公表するか否か、世界が1人の人間によって危機的状況にあったことを公開するか否か、そこに関しては今後とも協議していくことになったそうだ。とはいえ。オルドデウス社は遊城家やその他企業と共謀し人体実験を行っていたことは事実。加えて、デメテールの安全性を保障する際審査員に賄賂を渡していたこともあり、買収など様々な公表できる罪は公表されオルドデウス社は実質の解体、加えて遊城家もその地位を落とした。AWMがなくなったことにより、AWMでの収入で生活していた人間たちは実質無職となり、自己破産などをする人間が増えたことによってAWM不況が起こり社会問題にもなった。もちろん、世界を救ったとされる皇にもそれ相応の聴取が入った。だが、紅華の取り計らいで酷いようには扱われず。また、皇が望んだことにより、皇の存在も一部の人間だけが知るのみとなった。 そして、そんな英雄は———。--------------------------------------------------------------- 皇は晴れてただのフリーターとなりきちんとした職を探すこととなった。 愛鹿からは「下僕正式登用してあげようか?」と言われ、姫沙羅からは「嬉嬉軒に婿入りでどうー?」と言われ、瑠奈からは「あらぁ、ヒモなんてどうかしらぁ?」とかとか色んな誘惑をされたが……流石にそれはどうかと思うと、きちんと地道な就活をすることにした。 だが、皇はAWM事件で地位を落とした遊
そして、ヴィクトが泣きに泣いてようやく涙も枯れ果てた頃。ヴィクトが顔をあげれば、ラフィが足元から消えかかる。「……ラフィッ……」「時間だね。元々私がこうしていられるのはオルドデウスの技術のおかげで、だから、もうそろそろ限界みたい」 ラフィは残念そうに微笑んだ。残念そうなのに、悔いはない。そんな笑み。「ありがとう。最後にさ、スメラギに1つお願いしていい?」 そんな申し出。そんなもの1つじゃなくてもいくらでも受ける。「ああ、なんでも……何個でも言ってくれ……」 また涙が出そうになるヴィクトに対して、ラフィは嬉しそうに微笑んだ。「もし……もし、アキミネがちゃんと約束を守ってて、地下牢でお父様が生きてたら。……私が〝ありがとう〟って言ってたことを伝えてほしいの」 本当に、本当になんの強欲さもない願い。人の子であるから、親に感謝したい、そんな願い。ヴィクトはそれすらも自分で叶えられないラフィの状況に胸を搔き乱される。だが。「ああ、ちゃんと伝える」 ヴィクトはラフィをまっすぐ見て言う。ラフィの願いだ、絶対に叶えて見せる。「あと……これはスメラギに伝えたかったこと。これは此処だけの話、誰にも言っちゃダメよ?」 凄い念を押してくる。「お、おう……?」 そんなヴィクトの反応にラフィは太陽のような眩い笑顔をヴィクトに向けて言うのだ。「愛してるわ!スメラギ。この世界の誰よりもっ!」 そうして、ラフィは光の粒子となって崩れていく。残されたのはラフィの体とヴィクトのみ。 ヴィクトは願う、いや、祈る。(もう誰も、ラフィの眠りを妨げることがありませんように)-------------------------------------------------
「そうだ……オルドスフィアで、ラフィの寿命を……だって、これは神の力なんだろ!?」 ヴィクトは縋るようにオルドスフィアを握りしめる。世界を書き換えるほどの力ならラフィ1人の寿命を延ばすぐらい造作もない筈。造作もなくあってほしい。 だって、1人の少女を救えなくて、なにが神の力だ。 だが、そう取り乱すヴィクトに対してラフィは首を振った。「それはやっちゃダメ。生命の因果を捻じ曲げればどこかに絶対に綻びが生まれる。その綻びが……また、新たな不幸を産み出すから」 ラフィの目は覚悟をしていた。自分が犠牲になる覚悟。 そんなものヴィクトは認めたくない。だけど、ラフィの意思を捻じ曲げてまで側に置いて、ラフィはきっと喜んでくれない。 でも。「でも、そんな……そんな、ラフィの人生は……」 そう嘆くヴィクトに対して、ラフィは穏やかな笑みを浮かべる。全てを受け入れている穏やかな笑み。「……スメラギ、私ね、すこぉしだけ。ほんっとに少しだけ……アキミネに感謝してるの」「え……?」 あのクソ野郎に感謝するところなんてあったか?そんな思いがヴィクトの中を駆け巡る。でも、ラフィが「分からないでしょ?」と悪戯っ子のように笑う姿に嘘はなくて。ヴィクトは目を見開いた。「本来眠っているだけだった私に、この世界の案内人っていう役割と与えてくれたの。アキミネは」 ラフィの穏やかな声が告白する。それはそうだ。「まあ、スメラギたちの世界と異世界との繋がりを作るのに私の力が必要なだけだったんだけど……でも、色んな人を見てきた。なかには私と草原で話すためだけに何個もデメテールを買う人も居た。侵略されたことに感謝なんかしないけど……でも、侵略されなかったらできなかった出会いをした」 穏やかで、静かな声。それは終わる筈だったラフィの人生が少しだけ続いた証。「少しだけ私の人生を歩めた。そして……」 ラフィがヴィクトを見る。ヴィクトを見て心底嬉しそうに笑う。「スメラギともまた会えた。そして、今こうして話せてる。これは間違い
そして、ヴィクトとラフィは様々な世界を修復しながら会話をする。「そもそもね、お父様……ううん、私たちが無防備過ぎたの」「ラフィ、たち、が?」 やることはオルドスフィアを振るだけと言えど、世界を……いや、宇宙を1個ずつ書き換えていく作業。その作業は偉く時間がかかって。 でも、その分、ラフィと会話ができる。皮肉なことに。「うん。最初ね、アキミネって凄い友好的だったんだ。スメラギたちの世界は食糧難とかないんでしょ?」「いや、ない訳じゃないが……うん、少なくとも俺が居た国で食料に飢えてる人は少なかったかな」「うん、アキミネも言ってた。しかも、食料を加工するのが得意な国で、芋や乾燥肉じゃなくても長期保存を利かせる技術もあるって……私たちからすると夢みたいな話だったんだ」 眼下のマザーグースが書き換わっていく。双鹿の作ったお菓子の国ではない姿に、少しずつ少しずつ。「でね、アキミネが友好の証にそれらの食料を国民が冬を越せるだけの分をお送りしましょうって言ってきて……人のいいお父様は素直に信じてしまった」 ラフィが悲しい目をする。「神官たちがアキミネをアンカーにスメラギたちの世界と聖ユリア王国を繋ぐゲートを作った、そこから食料が送られてくるはずだった……だけど」 ラフィが俯いた。「送られてきたのは大量の人間だった。鉄の弾を飛ばす武器、私たちの魔法じゃなす術もなく制圧された、だけど」 ラフィがヴィクトを見る。「あの時、私たちに接触していたのはアキミネだけじゃない。スメラギも。……いや、スメラギは実際にこの国に来てくれていた。だから、私たちは……スメラギに全てを……」 ラフィが俯く。その声は涙に濡れていて。「託した……ううん、押し付けた」 その声は重く落ちる。「スメラギの持っている才能を全て封じて、もう一回聖ユリア王国に戻ってきたときにその力が何倍、何十倍にも膨らむようにして……聖ユリア王国を助けてもらえるようにした」 ラフィは自分を責めるように、声を落とす。
「さて、此処からは世界を解放していくことになるんだが……」 ヴィクトはクロムとアザカに向きなおる。オルドスフィアは持っているだけで、その時必要な知識を与えてくれる。そして、世界を解放するための知識として与えられたのは。「あァ?なんだァ?歯切れ悪いな、てめぇ」「……もしかして、オルドスフィアを持っていないと世界の改変に巻き込まれる、とかか?」 そんなクロムの問いかけにおずおずと頷く。 世界の改変に巻き込まれてほしくはないが、「終わったから帰っていいぞー」はなんかとても薄情なことをしている気がして。そんなヴィクトの気まずい気持ちを感じ取ったのか、アザカもクロムもカラッとした笑みを浮かべた。「じゃ、先戻ってるからよ。ちゃんとてめぇも帰って来いよ?あ、なんかあったらメールしろ。そしたら光の速さで駆けつけてやっからよォ!」「アザカの言うとおりだ。……ヴィクト、姫様を頼んだ」「ああ」 クロムの言葉にヴィクトが頷けば、2人もログアウトしていって。「さて」 ヴィクトはまず、この世界を改変してもいい状態———つまり、現在AWMにログインしているヴィクト以外のプレイヤー及び運営側の人間を全員強制ログアウトさせて、デメテールの機能を停止させる。 そして、次に。オルドデウスサーバーと遊城の実験場に囚われている全ての魂を解放する。 静かな庭園に薔薇の花弁が舞う。そんな幻想的な光景の中、水色の指の先ほどの光の球がヴィクトの周りを飛んだ。「ん……?なんだ、これ……?」 ヴィクトはオルドスフィアでその光の球体に触れれば———。「スメラギ!」「ラフィッ!」 そこには眩しい笑顔で笑うラフィが現れた。「……その姿……」
そうして、時間が動き出す。ヴィクトは足を止め、秋峰に対して真っ直ぐ次元渡りの剣を向けた。 そして、それを横に薙ぐ。「気でも狂ったかッ!?」 そんな秋峰の声なんて気にしない。アザカとクロムの視線も気にしない。 そして、それは起こった。 横一文字に薙ぎ終えた瞬間だった、秋峰の懐、スーツがスーッ、と。まるでバターをバターナイフで切ったかのようにすっぱりと切れた。 すると、そこから勢いよく飛び出してくる水色の宝玉のついた鍵。(あれはッ……!) ヴィクトは直感した。あれは聖ユリア王国の神器の欠片だ、と。 そう判断した瞬間に、ヴィクトは地面を蹴った。そして、同時に。「なっ……渡すものかァッ!」 秋峰もまた走った。両者が手を伸ばしての神器の欠片の奪い合い。「返せッ!俺のものだ!」「お前のものなんかじゃないッ!」 秋峰の手が神器の欠片を上空に弾く。それと同時に、ヴィクトも秋峰も地面を蹴った。だが、秋峰の方が身長が高く、手が長い。(クッソ……!) 届かない、折角、ラフィが作ってくれた———そこまで考えて思い出す。〝スメラギが信じてくれれば奇跡は起こせる。信仰が力になるの〟 ヴィクトが信じれば、奇跡は起きる。それなら。ヴィクトは飛びながら念じた。(来いッ、神器の欠片!) すると、聖ユリア王国の神器の欠片はするりと秋峰の手を伝うように落ち、ヴィクトの手の中に納まる。そして、その瞬間だった。 眩い水色の光が神器の欠片から放たれる。秋峰は地面に落ち、ヴィクトは宙に浮いたまま。ヴィクトを中心にしたその光はクロムやアザカの足まで止めてしまうほど強烈な光だった。 その強烈な目を焼くような光の中、ヴィクトは見る。ヴィクトが保持していた6つの神器の欠片と聖ユリア王国の神器の欠片が次元渡りの剣と溶け合っていく。そして、ヴィクトが正面